早稲田大学創造理工学部
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後藤春彦研究室 (都市計画+景観地域デザイン)
【特徴1】
現在、後藤春彦研究室では、「集約とネットワークによる多核的な都市・地域システムへの再編」、「都市と農村のあらたな相互補完関係の構築」、「自然環境や文化遺産の持続的マネージメント」、「圏域資本(テリトリアル・キャピタル)の醸成」などの研究がすすめられています。そして、ここへ至る四半世紀の軌跡を5つの視座と呼び、「内発的景域論」、「動態的地域論」、「重層的都市論」、「社会的空間論」、「戦略的圏域論」としてシークェンシャルに配することとしました。もちろん、これら5つは独立して存在するものではなく、相互に補完関係をもち、幾重にも複層しあっています。
1 共発的景域論(風景と地域の統合的解釈) Keywords 生活景、文化的景観 場所の力、都市のイメージ 後藤春彦研究室を開室した際に、「景観」を大きな柱に据えました。これは、私が博士論文で「景域」を扱ったことが源になっています。それまでの景観研究は視覚的概念(可視的形象)と地域的概念(地域単元)を区分する傾向にありましたが、可視的形象を生むにいたった背景にある地域単元の風土的、歴史的、社会的文脈の解読を通して、景観の有する規範性を論じることとしました。ここでは景観の視覚的概念(可視的形象)と地域的概念(地域単元)をあわせもつものを「景域」と呼んでいます。 「景域」とは一定のまとまりある範域として認識される地表の一部であり、固有の文化創造の基盤ともなり得るもので、生活者によって共有されてきた社会的な記憶が内在する単位地域ととらえることができます。 また、元来は生物学の用語である「内発」が、近代化が陰りを見せはじめた70年代の中頃から国内外で内発的発展として使われるようになり、わが国では早くから、比較社会学者の鶴見和子らが、グローバルスタンダード化がすすむ近代化の対極に位置づけた地域固有の発展の理論として「内発」を提唱しました。「共発」とは、「内発」と「外発」のハイブリッドによるものです。 「共発的景域論」とは可視的な風景とそれを生み出している、あるいは、下支えしている地域を表裏一体の「景域」として統合的に解釈することを前提としています。特に、都市のイメージを要素分解して把握するのではなく、場所の履歴やその記憶、リアルな生活の実態が表出するいくつもの「生活景」の集積として把握することにより、「ふつうのまち」をいくつもの「個性あるまち」へと導くものです。
2 動態的地域論(地域遺伝子の発見と実践的行動) 風土と呼ばれるような生態的特徴に適合した農山漁村集落は、その永い営みの中で脈々と培った「地域遺伝子」と呼ばれる社会的な記憶を有しています。そうした「地域遺伝子」を発見することが農山漁村研究の鍵となると思います。「テトラモデル」と吊付けたダイアグラムで「地域遺伝子」の体系を示すとともに、「まちづくりオーラルヒストリー調査」や「まちづくり人生ゲーム」などの独自の手法を用いて「地域遺伝子」を発見することに取り組んできました。 その中でも、特に、山梨県早川町では、地域に密着した研究企画をすすめるローカル・シンクタンクとして「日本上流文化圏研究所」を設立しました。また、同様に、神奈川県小田原市では、自治体シンクタンクとして「政策総合研究所」を設立しました。 「動態的地域論」とは、地方における新しい自治の仕組みを模索する手がかりとなり、コミュニティ自治による地域経営を導くものです。
3 重層的都市論(遷移する都市の再定義と記述) ニューカッスル大学吊誉教授で都市計画理論の権威であるパッツィ・ヒーリーの「都市」の再定義を引用してみましょう。 『都市とは物理的な対象ではなく、「うごめく大衆」の絡み合うような動きにおける、流れるような拘束されることのない結合体である』 このように、活動する人間(集団)そのものによって都市は成り立っているとの基本的理解に立脚して、「混合と分散」、「凝縮と拡散」、「移動と滞留」を繰り返す人びとの流動に着目して、それを考現学的に記述することをこころみてきました。今和次郎が「有形」の要素を採集し、スケッチブックに描き止めたのに対して、私は輻輳する人びとの動きが幾重にも重なり積層したものとして都市を把握し、そうした都市の遷移を記述することにつとめました。 そこで見えてきた都市のダイナミズムを生む背景に、用途の混在や人種や宗教・国籍を超えた人間の混在があることを発見し、『柔軟で拘束されることのない結びつき』としての混在を肯定的に把えました。 「重層的都市論」とは、近代都市計画が「分ける」ことを前提に合理的な課題の解決をめざしたのに対して、「分かち合う」ことをめざす方法論の反転を導くものです。
4 社会的空間論(人間と社会をむすぶ相互補完関係の創造) すなわち、市民と市場をむすび、信頼・規範・ネットワークによって成立する社会関係資本こそが市民のQOLの向上を約束するものです。社会関係資本を高度化したコミュニティ自治による地域経営は、コモンズをはじめとするテリトリアル・キャピタルの醸成に寄与するものとして期待されています。 たとえば前近代のわが国でも、地域の旦那衆が身銭を切って地域経営をしてきた歴史があります。今日においても、防災と医療・福祉・健康分野は人と社会をむすぶ相互補完関係が基礎となっています。特に、後藤春彦研究室では、奈良県立医科大学と協働で、奈良県橿原市において医学を基礎とするまちづくり(Medicine-Based Town)を展開しています。これは、まちなか医療の展開のみならず、生活習慣病を誘発する未病を都市空間が治すことをめざすもので、高騰する医療費の削減に対する都市の寄与が期待されています。 また、商店街や大学まちなどの既成の社会的空間を積極的に評価活用するとともに、企業の地域経営への参加を促すことになるでしょう。 「社会的空間論」とは、さまざまな主体の相互補完関係によりうまれるネットワークや規範を地域資本と呼べるところまで高めていくことを導くものです。
5 戦略的圏域論(都市と地域の再編的連携) 特にドイツの「大都市圏」と呼ばれる「シティリージョン」は都市や地域の実情に応じて自由に構成され、州を超えるもの、飛び地になるもの、複数の「大都市圏」に参画するもの、多種多様です。こうした「シティリージョン」では、政治的意思決定組織が法のもとに置かれるとともに、民間の力も発揮して地域開発を実行する有限責任会社がつくられるなど、国際競争力のある圏域が戦略的に形成されています。さらに、デンマークとスエーデンの国境を越えて形成される「メディコン・バレイ」と呼ばれる医療・バイオ系クラスタ圏域も戦略的に構築されて、全世界から投資を募っています。 基礎自治体の枠組みをこえて戦略的な計画圏域として、いくつかの中心都市と周辺地域からなる「シティリージョン」を構築し、ナレッジによって創造的に圏域を牽引する戦略を描くことが必要です。 「戦略的圏域論」とは、自立生活圏などの計画的な圏域とその階層を設定し、「集約とネットワーク」によって圏域構造を再編すると同時に、圏域の意思決定組織や事業会社などの柔軟な組織や仕組みをつくることを導くものです。
-5つの「視座」を動かす-
これまで研究室で行ってきた研究の変遷を5つの視座をめぐるかたちでトレースしてきました。これまでの「有形」から「無形」への思考の推移を振り返ると、「視座」の動きの軌跡、すなわち、思考の変遷には大きくふたつのルートがあったように思われます。
—建築学を背景に都市や地域について考える—
先に示した5つの視座は、みなさんが卒論に取りかかるための5つのゲートウェイであると同時に、みなさんが孫悟空のように觔斗雲にのって縦横無尽にかけめぐって、迷子になりそうになっても、つねに下支えしてくれているお釈迦様の五本の指のような存在でもあります。研究が行き詰まっても、必ず、どこかの指にひっかかって、ひょいと拾い上げてくれるに違いないセーフティネットのようなものです。
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